何故世界を救うのは少年なのか
少年を主人公にしたアニメでは世界征服を企む敵がいて、少年はそれを阻止する役割を課される。
いやそれ少年じゃなくても良くない?と言いたいが、少年じゃないと駄目な環境が出来上がっているので少年に未来を託すしかないのだ。
勿論そういったアニメでは視聴者も主人公の少年と同年代なので、残酷なシーンは無いし敵もまあ可愛いもんである。
逆に容赦ないのはエヴァ、ザンボット3、今、そこにいる僕が有名だろうか。
私の父親はシンジくんがめそめそして嫌いだと言っていたが正直世界を少年に託す世界の方が狂っているのであり、シンジくんは至って普通の少年である。
それどころかホビーアニメの主人公などは主人公の方から進んで世界を救うなんてカッコいいじゃん!な精神である。
まだ思春期にも突入していない少年の無邪気さの現れである。
よくこういったアニメでは、少年達を正義とするなら必ず悪があり、悪の側にいるのは大人である。
悪の側にいる大人は、主人公と同じ年頃の少年を利用して戦わせたり、世界を征服しようとしている。
この大人の言う世界征服は、自分の都合のいい世界を作るということで、主人公達はそんなことはさせない!と憤る。
憤るのは、主人公達は自分が今まで生きてきた環境に何の不満も持たない、庇護される対象である子どもだからである。
対して悪の側にいる少年、ライバルポジションのキャラクターは何かしら自分の生きてきた環境に不満や、ショックなことがあった場合が多い。
それを主人公である少年が更生できるのは、ライバルもまた、少年であるということが大きいように思う。
私は少年が世界を救うアニメは大好きだが、そういうアニメを見ているともっと少年達には何万人もの人がいる大きな世界より、自分の周りの小さな世界を大事にして欲しいと考えてしまうことがある。
昔観たポケットモンスターのルギア爆誕でサトシのお母さんが、あなたが死んだらサトシの世界はどうなるの?と問いかけた。少年時代の日常はキラキラしていてとても尊い。そんな日常を大事にすることも、世界を救う少年には必要なのではないだろうか。